デス・オーバチュア
第110話「白堊の剣舞」




「たく、馬鹿が……」
彼の私を見る目はとても不愉快そうだった。
理由は解っている。
私が生まれたことが……あの人が私を産んだことが彼には不愉快だったのだ。
なぜなら、私の誕生は、あの人の死を意味するから……。
「自分が消滅するって解っていながら、なんでガキなんか産むんだ、あの馬鹿は……」
あの人……母の気持ちは……想いと記憶は全て解っていた。
正しくは私の中に残っている。
「ちっ……」
この不愉快そうにしている金髪の青年が誰なのか、母とどういう関係だったのか、母が青年のことをどれだけ想い……愛していたのか……全ての記憶と想いを私は引き継いでいた。
でも、そのせいで一つ解らないことができてしまう。
この青年を狂おしいまでに愛しく想うこの気持ちは、母のものなのか、それとも私のものなのか、ということだ。
一目惚れか、母の想いの継承か、いや、きっとどちらでもあるのだろう。
「まあいい……こっちに来い、ガキ」
だって、この人は美しい、美し過ぎるのだ。
私は間違いなく今この瞬間一目惚れしたのだろうし、母だって初めて会った時、一目で彼に惚れたに違いない。
私は彼の差し出した手を取った。
この世でもっとも強く、美しい、黄金に輝く天使の手を……。
これが、母娘二代に渡る恋にして、私の初恋の始まりだった……。



異変はささやかに。
神聖王国ホワイトに季節外れな雪が降った……最初はその程度の異変だった。
季節は春と夏の境、春の温かさが、夏の暑苦しさへと至る直前のことである。
白く美しい雪は降り続けた。
三日、一週間、二週間……一瞬たりとも休むことなく雪は降り続ける。
中央大陸の北方の国であるホワイトに雪が降ること自体はそれ程異常ではないのだが、この時期に、王都が白く『埋め尽くされる』程の雪が降るのは流石に異常気象以外の何物でもなかった。



彼女は唐突に目覚めた。
今はまだ本来の彼女の目覚めの時ではない。
何事も無ければ、後数十年は眠っている予定……そういう睡眠サイクルだったのだ。
けれど、彼女は目覚める。
本来守護すべき物が盗まれた時すら、眠りこけていた寝坊助はようやく目覚めたのだった。



「室温さらに低下中……これ以上の室温の低下は、各部に凍結の恐れがあります」
彼女は己の全身の関節が正常に動くかチェックを行っていた。
基本的に『機械』というものは高温より低温の方が調子がいいものである。
けれど、それにも限度はあった。
「これでは、寒すぎて、安心して眠っていられません」
あのまま眠っていたら、凍り漬けにされて、二度と再起動できなく成りかねない。
だから、まだ眠かった……予定の起動予定年月でなかったのに嫌々目覚めたのだ。
この異常な寒さの原因を排除するために。
「その前に身だしなみのチェックをしなければいけません」
彼女……オーバラインは鏡の前に立ち、己の姿を確認した。
白堊(オーバライン)の名の通りの見事な『白』、白ずくめ。
身につけてる衣服はフリルやリボンなどの装飾の多い白のドレス……ホワイトロリータ、通称『白ロリ』と呼ばれる衣装だった。
最もそんな衣装も単語も現在の地上には残っていない。
彼女のファッションセンスは文字通り千年遅れていたのだ。
「衣服に損傷も汚れも無し、髪型良し、眼球の輝き良し、肌艶良し……完璧な美貌です」
ドレスよりもさらに見事な純白の髪は綺麗に結い上げられ、美しいうなじを覗かせている。
瞳も肌もドレスとはまた違う白き輝きを放っていた。
「では、元凶の排除に向かいます」
オーバラインは白堊の女神像……鏡に映る自分自身に告げるように呟く。
「元凶と思われる存在、依然高速接近中……遭遇予測時間まで三十秒……」
オーバラインは鏡に背を向けると、ゆっくりと扉に向かって歩き出した。



オーバラインは自分より『白い』存在を初めて見た。
髪も肌も全てが雪のように白い、無駄な贅肉のまるでない健康的でしなやかな体。
唇と瞳だけが淡い薔薇色で僅かな妖艶さを感じさせた。
「……痴女?」
オーバラインが建築物や石像の白……白堊なら、目の前の美女は全身が雪の白さ……純白。
雪でできた女神像がそこにはあった。
「あら? これは失礼、服を着るのを忘れていたわ」
雪の女神像が何か一言呟いたかと思うと、突然、純白のドレスが彼女の裸体を覆い隠す。
清楚で壮麗な純白のドレスは彼女によく似合っていた。
まるで彼女のためだけに作られたドレスのように。
「ウェディングドレス? フォーマルドレス? パーティドレス?」
彼女の着ているドレスは、オーバラインの知識(データ)の中のどのドレスとも少し違っており、完全に一致するものはなかった。
ただ自分の白ロリのような幼さ、可愛いらしさを売りにしたドレスとは違う、大人の美しさ妖艶さを引き立てるドレスだということだけは一目で解る。
一番近いのはやはりウェディングドレスだろうか? 頭にヴェールはなかったが……。
「フフフッ……人型に戻る際につい洋服を作ることを忘れてしまうのよね……だって、冷気は肌で直接感じた方が気持ち良いんですもの」
彼女の気怠げな仕草には全て艶やかさがあった。
それもあまり生々しく激しい艶ではなく、淡い染みいるような艶である。
「正体不明……能力測定不可能……ただし、彼女がこの冷気の元凶……発生点である確率99%……排除行動を開始します」
オーバラインが戦闘態勢を取ると、彼女の手首から肘にかけて曲刃がそれぞれ三本ずつ生えた。
「あらあら、物騒ね」
「排除します!」
オーバラインは床を滑るようにして、瞬時に間合いを零にすると、両手の計六本の刃で斬りかかる。
雪の美女は柔らかく体を反らせて、オーバラインの攻撃を両手共も回避した。
「追撃!」
瞬時にオーバラインの両肘から直刃が飛び出し、オーバラインは刃の生えた右肘で肘鉄するように突進する。
雪の美女はダンスのように軽やかに足を動かすことで、体をズラし、オーバラインの突進を受け流した。
オーバラインは体を流されながらも、左肘の直刃で雪の美女の首を跳ねようとする。
だが、雪の美女は床を軽やかに後退し、刃から逃れきった。
「…………」
オーバラインの両手の甲から両刃がそれぞれ飛び出し、ジャマハダル(握った拳の先に刃がくる短剣)のような感じになる。
「フフフッ、いったい何本刃物を体に仕込んでいるのかしら?」
オーバラインは再び間合いを詰めると、刃物と化した両手を連続で突きだした。
雪の美女はやはり舞うような軽やかな動きで、突きをかわし続ける。
「はっ!」
突然、オーバラインは飛び上がった。
左の飛び膝蹴り……例によって彼女の左膝から直刃が生えている。
雪の美女は後退して刃から紙一重で逃れた。
オーバラインは地に足が着くよりも早く、右足で上段蹴りを放って追撃する。
彼女の右足の脛には半月の刃が生えていた。
雪の美女はしゃがみ込んで上段蹴りをかわす。
オーバラインはかわされた右足を空中で止めると、踵落としに変化させた。
当然のように、踵からも短い直刃が生えている。
「フッ……」
雪の美女は異常のスピードで後退することで、踵落としを回避した。
踵は床に誤爆して突き刺さる。
「フフフッ……どうやら、刃の生えない所の方が少ないみたいね、あなたの体は……」
「私は剣士(ブレード)型ですのでこれくらいは基本武装です」
剣士というより、彼女自身が剣……いや、まさに刃(ブレード)の塊である。
「では、戦闘を続行します」
手甲、二の腕、肘、上腕、肩、太股、膝、脛、足首、踵、全てから一斉に刃が飛び出した。
「針鼠ならぬ刃鼠ね、まさに……」
「白刃剣舞(はくじんけんぶ)!」
オーバラインは間合いを詰めると、文字通り、剣の舞を開始する。
振るう手が、足が、全てが、斬撃、あるいは突き刺しであり、その連撃は止まることがなかった。
「フフフッ……」
だが、刃は一本たりとも、雪の美女の肌に触れることはない。
雪の美女は、オーバラインの剣の舞に自らも合わせるかのように、踊るようにかわし続けた。
「フフフッ、とてもスリリングで刺激的なダンスね」
「…………」
このまま続けても、雪の美女を捉えることは不可能と判断したのか、オーバラインは弾けるように後方に跳んで、間合いを一端取る。
「あら、もう息切したの?」
そう言う雪の美女は息切れ一つしていなかった。
あれほど激しいダンス……回避行動を行ったというのに、欠片の疲れも見せず、汗一滴かいていない。
「もう曲芸は終わりなの? それなら今度はこちらから……」
雪の美女の右手に純白の光が集まりだした。
まずい、彼女に攻撃行動を開始させたらその瞬間、自分の勝算は零になる。
オーバラインは計算というより、本能的にそう判断した。
「白刃結界(はくじんけっかい)!」
突然、オーバラインが大回転する。
直後、彼女を中心に全方位に白刃が解き放たれた。
白刃は全方位に降る雨のようで、回避する場所など、逃れる隙間などどこにも存在しない。
雪の美女の右手に集束した純白の光が三つ又の鞭と化した。
三つ叉の鞭を振るい、降りかかる白刃の雨へと叩き込む。
しかし、打ち落とせた白刃は鞭の一つにつき十発前後、三つ合わせても三十発に満たず、打ち落とせなかった残り全ての白刃が雪の美女に降り注いだ。



「数え切れぬ白刃……全方位を埋め尽くす程のナイフか……これも全て服の下……いいえ、体の中に入っていたのかしら?」
「なっ……理解不能……ありえません!」
無限の白刃……雨のように無数のナイフ達は全て、雪の美女に届いていなかった。
直前で、まるで空間ごと『凍った』ように停止しているのである。
「ねえ、知っている? 絶対零度……究極の低温に達した瞬間……この世のあらゆる物質は例外なく……崩壊するのよ」
雪の美女の言葉が終わった瞬間、彼女の周囲で停止していたナイフ達が全て一瞬で『崩壊』した。
「……原子崩壊現象!?」
分子、原子といった目で見えぬサイズの無数の粒でこの世のあらゆる物質は構成されている。
というのが、魔導……特に科学という分野の考え方として存在していた。
その分子や原子の繋がり……運動を速めるのが高熱であり、遅くするのが冷却である。
運動が究極に遅くなった瞬間、つまり完全に止まった瞬間こそ、絶対零度であり、全てが崩壊する瞬間だった。
「楽しめたわよ、お人形さん。じゃあ、終わりにしましょうか」
三つ又の鞭が六つ又に増え……最終的には九つ又にまで増える。
「くっ、白刃……」
「九尾の白鞭(ナインティルホワイトウィップ)!」
雪の美女が鞭を一閃した瞬間、オーバラインの両膝、両手首、両肘、両肩、首が同時に切断された。



雪の美女は、床に転がっているオーバラインの頭部を拾い上げる。
「お人形さん、お話しましょうか? 機能停止したフリして、口からナイフ発射……なんて手は通用しないわよ」
「…………」
閉じられていたオーバラインの瞳が開かれた。
オーバラインは口から唾の代わりにナイフを床に吐き捨てる。
「……私の完敗ですね。あなたの勝利を認めます……どうぞ、完全に破壊してください」
「フフフッ……ねえ、お人形さん、私に仕えてみる気ない? 私、あなたのこととっても気に入ったのよ」
「…………」
オーバラインは沈黙した。
雪の美女は、オーバラインを急かしもせず、彼女が再び口を開くのを黙って待つ。
「……いいでしょう。どうやら、眠っている間に、本来の役目、私がこの場に留まり続ける必要理由も消失したようですし……あなたに忠誠を誓いましょう。あなたが私を必要とする限り、私はあなたに仕えます」
三十秒ほどの思考の末に、どういう打算や結論が出たのか、オーバラインは雪の美女に従う意志を示した。
「フフフッ、契約成立ね」
「YES、マイマスター、今この時より、私の所有権と支配権はあなたの物です。余程理不尽な命令でない限り、私はあなたの命に忠実に従いましょう」
「マイマスター……マスターね……どうも、そういうのはあまり好きじゃないのよね……」
「では、御主人様?」
「名前でいいわよ、名前で呼んで頂戴」
「と言われましても……私はあなたの名前を知りません、女王様?」
「フフフッ、やっぱり名前で呼んで貰うことにするわ。その手の呼び名は逆に馬鹿にされてるみたいに聞こえるもの、あなたの場合……」
「…………」
「私の名前はフィノーラ、魅惑の白鳥、魔界の白薔薇、雪の魔王にして白の魔王、雪姫フィノーラよ。覚えた、お人形さん?」
「はい、あなたが私のことをお人形さんではなくちゃんとオーバラインと呼んでくださるのなら、私もフィノーラ様とお呼びします、魔王様?」
「フフフッ、了解したわ、オーバライン。あなた、本当にいい度胸しているわね」
雪の美女……いや、雪の魔王フィノーラはとても楽しげに笑う。
「お褒めいただき、恐悦至極です、フィノーラ様」
「フフフッ……じゃあ、まずは体を組み立ててあげなくちゃね」
フィノーラは本当に楽しげに、床に散らばっているオーバラインのパーツを拾い集め始めた。












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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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